こんにちは!神様とご縁繋ぐ 光子です。
先日、近所にある氏神社を訪ねて、お参りをしました。
摂末社にごあいさつをして、本殿の神様の前に立ち、お祈りをしたところ、神様から
『Aを選ぶとB(の未来)はなくなるが、それでもいいのか?』
とお言葉がありました。
AとBはそれぞれ、Bが「こうなることが私の幸せ」と思ってきたことで、Aは最近浮上した、新しい選択肢です。
上で「神様からのお言葉」と書きましたが、AもBも一言で言い表せない内容なので、直接頭に
『〈Aという概念〉を選ぶと、〈Bという概念(の未来)〉はなくなるが…』
と、〈 〉で書いた部分は、概念として入ってくる感じでした。
さて、想定外の神様のお言葉に、私は「はて?」と思いつつも、即座に出てきたのは、
「どちらを選ぶとどうなるかがわからないので、どちらを選べばいいか、わかりません」
という言葉でした。
言い換えると、Aを選んだ先の結果と、Bを選んだ先の未来や結果、それがそれぞれどのようなものになるかを知らないので、どちらを選ぶべきかについては、私にはわかりません、ということです。
その言葉に、特に神様からのお返事はなかったので、普通に一礼して、来た道を鳥居に向かって歩き出しました。
歩いているうちにふと、
「ちょっと待てよ、何かとても大切なことが、神様へのお返事の中にあるような気がするよ?」
と、つかみきれない違和感が、私を捕えます。
立ち止まって、何だ?一体どういうことだ?とよく考えました。
感じて、考えた末に、私の言葉が指しているのは、「こちらを選ぶとこうなる」とわかっていれば、最初からそちらを選ぶということか、と思い至ります。
神様への「どちらを選べばいいか、わかりません」という言葉は、選んだ結果どうなるのかがわかっていれば、その結果から、自分の選択を変えるとも言えます。
私はちょっとあれかな…少し先の未来や「こちらを選んだ結果、効果的であるか」を、具体的にどうなるかまではわからなくても、良い方向に行くらしい、というところは大方分かるので、先を見据えた?(確認した?)上で、選択を変えることはあります。
例えば、息子のLDでの病院選びは、思いっきりこれを活かしました。
こういう時、「息子 × 対象物(ここでは病院)」を掛け合わせると、どういう結果になるか(人の状態がどう変わるか)を見ています。
病院の例で言うと、通っていた病院よりも近くに、子どものLDを診ている病院はありましたが、どうやらそこに行っても、がっかりするらしい(そして診断まで時間がかかるらしい)と感じ取りました。
通っていた病院は正直遠く、行きにくいところにありましたが、どうやらここに行くと、本人の状態がとても落ち着いて、朗らかなよいものになるらしい、とのこと。
そういうわけで、こちらの病院を選んだ経緯がありました。
(病院を卒業する時に、お医者さんと看護師さんに「よくうちを見つけましたね!」「大々的にやっていないのに、どうやって見つけたんですか?」と言われまして、笑ってごまかしたのは私ですw)
このように「人 × 対象物」の組み合わせの行く末はわかるのですが、特に、選択した結果長きに渡って、変化が生まれる人間関係のような時には、どうなっていくかはわかりません。
それは、その人との間には、いいことも悪いことも何年もの間にあるし、あまりに先の未来は決まっていないからこそ受け取れないというのもあるかもしれません。
それでも、先がわからないことは、悪いことではないと、この時(お参りの後)に私は感じました。
というのも、どうなるかわからないからこそ、よりよくなっていくことを、幸せになっていくことを望んで、きっと良い結果になると信じた方を、人は選び、もがき、そして努力するのではないでしょうか。
わからないからこそ、たくさんの感情を持ち、たくさんの経験をし、人生そのものがおもしろくなっていくのです。
何の谷も山もない、ただ正解がわかっているだけの人生を歩んでいても、それ以上の成長もないし、苦しみが故の深い喜びもないでしょう。
そう考えると、苦労することは悪いことではないように思えてきます。(人生そのものを見るような大きな視点で見れば)
余談ですが、私の人生は病気になったり、離婚したり、母を早くに亡くして妹の母代わりをしたりと、苦労は多めだったと思います。
それでも、だからこそ気づけたこと、見つけられた喜びもたくさんありました。
それらが全て、どうなるのかがわかっている道だったら、母の回復を真剣に祈ったり、もがきながらも何かを学んだりすることなく、これから登ることになる高く険しい山に、圧倒されて落胆するだけだったように思います。
わからないからこそ学びがあり、輝くような美しい瞬間や、喜びにも出会えたのでしょう。
わからないことは喜びでもある、そんなことを改めて思ったのでした。
あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。
光子でした。
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わからないことは喜びでもある
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