こんにちは!神様とご縁を繋ぐ 光子です。
私が普段お世話になっている二人の主治医のことを考えた時に、
「私って本当に、主治医運がいいよなぁ!!」
と私は思っていて、現に周りの人たちにも、そう話しています。
そうなんです、私は健康には恵まれませんでしたが、なぜか本当に良い先生に巡り合えて、お世話になれるのです。
脳脊髄液減少症でお世話になっている脳外科の先生も、バセドウ病でお世話になっている内科の先生も、二人とも優しいし、ちゃんと話を聞いてくれるのはもちろん、きちんと説明してくれます。
更には「どうしたい?」と私の希望も聞いてくれて、薬が効きやすい体質であることも考慮してくれるし、本当に体調が思わしくない時は点滴室まで来てくれるし(;_;)
ここには書きずらいことまで含めて、先生方には本当に感謝していて、伝えても言葉でちゃんと伝わっているか不安になるくらい、ありがたいと感じています。
そんな主治医とのかかわりの中で、
「お医者さんって、本当に大変な仕事だなぁ」
と感じる出来事がありました。
出来事の詳細は避けますが、そんなふうに感じたことが心に留まっていたのか、子どもと出かけた図書館で、ある本が私の目に留まりました。
それは『医者になりたい君へ 心臓外科医が伝える命の仕事』という、心臓外科医の須磨久善先生が書かれた本です。
念のため前置きしますが、まさか私自身が「これからお医者さんになりたい!」とは、全くもって思っていません(^^;)
もしかしたら主治医との関りの中でのことがなかったら、手に取ることもなかった本かもしれません。
何の気なしに手に取って、開いて読んでみると、須磨先生が研修医の時に初めて担当した患者さんが、亡くなる時の話から始まりました。
内容が、母が他界した時のことを思い起こさずにはいられないものだったこと、更には文章が読みやすかったのもあって、気がつくと次々にページをめくっていました。
続きを読みたいけれど、体調を鑑みると、早々に帰る必要があります。
それではということで、急遽、須磨先生の本を借りることにしました。
最初は、本としておもしろいから、ということで読んでいたのですが、読み進めるうちに、
「あれ、この本に書いてあることって、私の仕事にも通じるものがある」
と気がつきます。
というのも、医者の仕事をする上での怖さと、その怖さをどうコントロールして御すのか、という話が出てきたのです。
「命を預かること」そして「たった一度のチャンスの中で、確実に手術を行うこと」という怖さに対して、精神的なタフさをどのようにして確実に持つか、という話です。
須磨先生はご自身を「決して〈神の手〉ではなく、〈神に祈る手〉だ」とも書いていて、ご自身が常人離れしているのではなく、コントロールと訓練の上に、確実な手術ができる強靭さを手に入れているのであって、「ゴッドハンド」ではないのだ、とも。
怖さと向き合い、そしてそれを確実に抑えて仕事をする精神的な強さの持ち方について、何十ページにもわたって書かれています。
一見、鑑定をするという私の仕事とは関係のないことのように感じられるかもしれないのですが、内心私は、とても大きな怖さを感じながら、仕事をしてきました。
そして、その怖さこそが、私の中でわだかまって、鑑定再開の足かせに、言い換えれば「逃げる」を選ぶ理由になっていました。
私はお医者さんではないので、「命を預かる仕事」はしていません。
けれど、お客様の今後の人生の選択に関わる話をしているという意味で、「人生を預かる仕事」をしている、という意識があります。
必ずしもすべてのお客様が、私とした話を活かして、今後の人生を決められるとは限らないので、10人が10人の方の人生はお預かりしていないかもしれません。
けれど、「人生を預かる仕事」をしている可能性がある、ということがとても怖かったのです。
少し前のブログでも書きましたが、鑑定の時にお会いする方は、とても真剣に、一言一句聞き漏らさないかのような真剣さで、私の話を聞いてくださいます。
そして、お客様の熱意に応えられるように、私も真剣にやっています。
真剣にやってはいるものの、例えば、私の伝え方がよくなくて、お伝えしたかったのとは異なるように、お客様がお話を受け取られるかもしれない。
「このように進めていくのが必要みたいですね」
というアドバイスの話をするのでも、
「赤がラッキーカラーです」
みたいな、わかりやすい話ではないので、きちんと伝わらないかもしれない。
そんなことを私は考えます。
まず、やっていることが正しくありたいし(そのためにできるのは、自身が心身ともに清くいることかと思います。特に精神が大事ね)、確実にきちんとお伝えしたい。
とはいえ、それが私が気づかない形だとしても、うまくいかないかもしれない。
うまくいかなくて、お客様の選択を間違った方に向けてしまうことがあるのだとしたら、そんなリスクと怖さを抱えるくらいなら、何もしない方がいいのではないか、という逃げです。
このような怖さをずっと感じていたのですが、このことを正直に書くことは、恥ずかしいことであったり、お客様に失礼であるような気がしていました。
ところが、須磨先生の本を読むうちに、
「それって、私が真剣だからこそ、感じる怖さではないかしら」
と考えを改めました。
そしてこの怖さを自覚して、きちんと向き合える自分自身にならなくては、きっと鑑定は続けられません。
そういう意味で、この本と出会えたことは、これからの私自身やお仕事にとって、とても大きな意味のあることになりました。
内科の主治医と出会ってから、ぐるぐると、人生が、鑑定の方向にも、好転していっている感じがします。
この出来事の他にもね(^^)
ちょっとここには書けないのですが。
もうひとつ、鑑定をする上で怖かったのが、鑑定ではなく、私に興味があるのかな?という男性のお客様ですね。
こちらは、同じような目に合わなくてすむよう、再開する時に、お仕事のやり方や仕組みをよく考えようと思っています。
こちらは、取り組み方を工夫すれば、きっとある程度は抑えられます。
けれども、鑑定することそのものの、責任の重さや怖さは、決して仕組みで克服できるものではありません。
ところが、一冊の本との出会いが、私にヒントと勇気をくれた。
これって、本当にすごいことだと思います。
本当に感謝!!!
もう新品の本は手に入らないようでしたが、古書でも手元に置いておきたいと思いまして、買いましたー!(*^^*)
ところで、今の私の体調はと言いますと、脳脊髄液減少症が再発してしまいまして、またほぼ横になる生活を送っています。
バセドウ病になったのがね…引き金になってしまいまして…治療始めたらご飯食べられなくなっちゃって、そうすると水分も摂れなくて…髄圧下がりました(^^;)
8月の前半には、数年ぶりに病院で車椅子移動で、
「あーあ、またここに戻ってきちゃったよ…」
とひとり感じていました。
本当に、
「この2年ほぼ元気だったじゃん!!」
と思いつつも、がんばって飲食するようにしたら吐いちゃって…
ますます食べれらなくなったので、もうがんばって食べたり飲んだりするのはやめました。
8月の前半が体調不良の底だったとすると、現在は幾分回復してきていて、自力で真っ直ぐ歩けないとか、「殴られてます?」みたいな頭痛がくることはなくなりました。
とはいえ、無症状で動ける時間は、今現在でもわずかなので、ほとんど療養中心の生活をしています。
そんなわけで、これからのことを、体や生活が思い通りにならないことを前提として、考えるようになりました。
そんな中、通院する日の朝のお祈りの時に、神社に行ってくるよう、お示しいただきました。
8月の、バリバリ体調不良だった時だったので、神社に行くのも結構チャレンジングな体調だったのですが、お示しいただいたということは、何かあるのだろうと思いまして、通院後に訪ねます。
点滴加療後だったにもかかわらず、神社に着くころには既に頭痛が来ていまして、正直
「神社は諦めて帰って寝ようかな…?」
とも頭によぎったけど…
神社に着いて、鳥居の内側に入ったら、頭痛が止まりましたー(;_;)
毎回思うけど、本当に不思議。
神域パワーすごい。
自分の体調のことはすっかり忘れて、久しぶりに訪ねた神社でゆっくり過ごします。
この後、神様とお話しさせていただいたことを書くのですが、その前に、この時までの私の状況を書きますね。
実のところ、「次に行く流れ」が来ていることを、半年くらい前から気づいていました。
それは日常生活の中に、それまで全くなかった困難が現れて、「もうここにいるべき時じゃないよ」と教えているかのようだったこと。
そしてその感じが、脳脊髄液減少症で普通の生活を失った時と、似たような感じであったことがありました。
気づいていたけれど、怖さや生活全般のことなどを考えて、鑑定の再開をはじめ、次に行くことを躊躇して、ずっと手をこまねいていたのが、それまでの私でした。
という前提はあったのですが、この時に神社を訪れる少し前に、
「やはり鑑定をしよう。それが私の道である」
と心を決めた時があって、それからは毎日カードを引いて、鑑定が出来る状態に整うよう自分自身を調整したり、四柱推命にも改めて深く向き合って、これまで以上の鑑定がお届けできるよう、準備を進めていた時でもありました。(今現在もです)
ということを踏まえまして、神様とのお話を書きますね!
光子「こんなことになって、自分が不甲斐ないです」
神様『そう?流れじゃない』
光「流れなんですね…」
神『そうよ』
―しばし沈黙―
光「抗ったから病気になったんですか?」
神『そういうわけじゃないけど…』
光「え、じゃあどういう…」
神『抗うから、矯正力が働くのよ。普通にすればいいの。普通に来ている流れに乗ればいいのよ。』
(「矯正力」は「強制力」かもしれません。会話なので判別できず)
だそうです。
抗うから、力が働くというのは、かなり驚きました。
「ほへぇー(目から鱗!)」ってなりました(^^;)
それから、この時にお話しさせていただいた他の神様とのお話です。
神『君は逃げるのをやめたんだね』
光「(ちょっとびっくりしながら)そう、ですか?そう…かなぁ…。まだ何も準備できていないですけどね」
神『そんなことない。準備してるよ』
光「(あれを準備と呼んでいいのか。と考えながら)そうなんですね、ありがとうございます」
というお話をしました。
想定外にお声がけくださったので、ちょっとびっくりでした。
「逃げていた」まさにそうですね、ぐうの音も出ない…
だけど、褒められたし優しかった。嬉しい(;_;)
他にもすごく励ましていただいたり、『楽しみね!』とお声がけくださったり…。
鑑定できる方向に自分を調整しているのもあって、第六感的に受け取れる情報量がとても多く、久しぶりに「すごい聞こえるし見える」でした。
でもこっちの状態の方が、無理していない私、という感じがします。
そんなん言うたら、約2年、がんばってお勤めに行っていた私は何だったのかしらとも思いますが…
今思うと、とてもとても無理をしていたと感じます。
神々の皆様へのご挨拶を終えて、神社を出ますと、頭痛再開(^^;
頭痛のことを完全に忘れていたので、
「あぁあ~そうだった…」
と、膝から崩れ落ちそうな気分でした。
もちろん、帰ってすぐに横になりましたよ!!
家族にも
「もうずっと神社にいれば?」
って言われちゃったけどw(私もそれがいいですw)
そんなわけで私の近況でした(^^)
ところで、神様からお聞かせいただいた
『抗うから強制力(矯正力?)が働く』
のお話は、続きを書こうと思っています。
内容的に書いて大丈夫かどうか(神様ストップがかからないかどうか)は、書いてみないとわからないので、確実ではないのですが、もし書けたら載せますね(*^^*)
あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。
光子でした。
Categories
怖さを克服する話と、神様が教えてくれた流れに抗うことの話
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