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神さま訪問記

神社であった偶然の出会いの話

こんにちは!神様とご縁を繋ぐ 光子です。


先日、日本の神様や信仰について、偶然英語で説明する機会に恵まれました。
そしてその出会いは、ちょっと不思議な出会いだったかも??

今回はその時のことについて書きますね!


前々回のブログで、アミューズメントパークのような神社に出かけたこと、そしてパンケーキを堪能したことを書きました。

その時に出かけた場所は、他にもお寺や神社がたくさんある地域で、私がたびたび訪ねているお寺も、そのエリアにあります。


前々回のブログでのお出かけの時は、時間の関係でいつも訪ねるお寺を訪ねられなかったこともあり、そしてまたパンケーキが食べたくなっちゃったこともありw
再び、同じエリアに出かけることにしました。


まずはお寺でお参りをして、帰りにパンケーキを食べるつもりで出かけます。
お寺とパンケーキ屋さんは、一つ隣の駅が最寄り駅で、行きと帰りで、違う駅を使うつもりでいました。

ところが、電車に乗っていると、パンケーキの最寄り駅で降りるよう、そして先にパンケーキを食べるよう、神様から促されます。

「え、まだすごくお腹が空いてる時じゃないんだけどな…」
と躊躇しつつも、何かしらあるからこそ、示されているはず。
ということで、まずはもぐもぐタイムといきました!


楽しくパンケーキを堪能した後、お店を出て通りを歩きだすと、いつも曲がらない曲がり角で、曲がるように促されました。
「こっちだよ」みたいな感じです。

なんだろう?と思いながらも、お導きのとおりに進んでいくと、神社がありました。

今まで訪ねたことのない神社で
「えー、こんなところに神社あったんだ!」
と驚きましたが、結構大きいし、案内を見ると約千年、この場所にある神社とのこと。


予定にはなかったので、少し躊躇しましたが、明らかにここに寄るのだなとわかるし、だからこそ先にパンケーキだったのね、と受けとって、急遽こちらの神社を訪ねることにしました。


入ってみると、先日訪ねた、アミューズメントパークのような神社と、同じ街の中にあるものの、こちらの神社は打って変わって、とても落ち着いた神社。

そして私はどうやら裏口から入ってしまったようなので、正面口に回って、再度入り直しました。


手口を清めて、まずは摂末社にお参り、ということで、本殿より手前にあるお稲荷様に最初にご挨拶をしました。

お稲荷様へのお祈りを終えて、それでは本殿とその先にいらっしゃる摂末社の神様方にご挨拶と思い、本殿の脇を通りかかると、突然近くにいた参拝の方に話しかけられました。

初め、何をおっしゃったのか聞き取れなかったのです。
んん?と、なりながら聞き返すと、
「さっきのあれは、どういう意味があるのですか?」
と英語でおっしゃっていました。


神社に来て、英語で話しかけられるとは思っていなかったので、(しかも東洋系のお顔の方だったので、日本人だと思って油断していました)とてもびっくりしつつ、
「日本語の頭でいたから、急に英語出てこないよぉ!!」
となりながらも、なんとか説明します。

「さっきのあれ」とは、二礼二拍手一礼のことです。

なんて説明しようかな、と思いながらも、ここは私が純粋に思っていること、感じていることを答えることにしました。


「挨拶であり、感謝です」
というのが、私の答えです。

更には、神道におけるお祈りの形であることもお話ししました。

話しかけてくださった方に、何か信仰はあるのかと尋ねると、カトリックを信仰されているとのことだったので、
「肩と頭と胸で、十字を切るのと同じようなものですね」
ともお話ししました。

厳密には、正しい説明であったかはわからないのですが(キリスト教に詳しくないので)、祈りの形であることや、敬虔な気持ちを表現するもの、感謝を捧げるもの、ということで、同じようなものだろうと、即座に浮かんだのです。


更に会話は進んで、(この先、一問一答形式で書きます)

「何か頼んだの?(お願いごとをしたの?)」
「私は感謝しか伝えないよ」

「日本人はみんなそうなの?」
「大体の日本人は、何か頼んでるよ。でも私は感謝しか伝えないよ。だって私たちはすでにたくさん持っているでしょ?」
「ああ、持っているものに気づかずに、もっと欲しがるのは、貧しいことだよね」

「ここは何て名前(の神社)なの?」
「◯◯神社という名前だよ」

「名前はどういう意味なの?」
「前半は地名で、後半はどういう方がいらっしゃる神社であるかを表しているよ」

「ここはどういう神様がいらっしゃるの?何の神様なの?愛とか、あるでしょ?何を叶えてくれるの?」
「あー、日本の神様は、お名前と人格はあるけど、根本は自然物なの。(この根本が英語で出てこなくて苦労しました)
例えば、火の神様とか、川の神様とか、山の神様とか。自然そのものを信仰するアニミズムが神道の根本だったんじゃないかと、私は考えているよ」


というようなお話をしました。
最初は英語が全然出てこなくて困ったのですが、話しているうちに出てくるようになりました。

そして話しているうちにふと、
「これは明日の予行演習ではないか?」
と気がついたのです。

というのも、この日の翌日、日本の神社や神様に興味のある外国の方と、お会いする予定になっていました。


明日話すであろうのと、ちょうど同じような会話を、なぜか前日にやっている。
しかも、最初は全然英語が出てこなかったのに、お話ししているうちにどんどん英語が出てくるようになる。

これは、今回の予行演習のような出会いがなかったら、明日相当焦ったぞ、と肝が冷えるような思いがしました。
そして出てこなかった表現は、ちゃんと確認しておこう、と思いました。



ひとしきりお話をした最後に、握手をして別れたのですが、その時に「あれ?」と感じたのです。

というのも、人は誰でもなんとも言えない人っぽさの余波?余韻?みたいなのがあってですね。
小さい子どもでもそういうのはあって、その人の物の上にも余波は残っていくし、その人の物やその人自身に触れると、私の場合は触れた場所に明確に余波が残ります。(そしてこれは結構しんどいと思っています)


ところがこの方にはそういうものが、全くなかったのです。

握手した手は、温かい普通の人間の手だったのですが、不思議なくらい、私の手の上に何も残らなかったのです。

後から振り返ると、本当に握手したのかな?と思ってしまうくらい、本当に何も残りませんでした。


握手をした時は、不思議に感じただけだったのですが、しばらくすると
「外国の方とお話しする機会を神様にいただいたと思っていたけど、もしかして、そもそもお話させていただいた方が神様だったのでは?」
と思い当たりました。


そう考えると、信じられないくらい上手い巡り合わせも、神様からの促しも、握手した時の感じも、すべて合点がいきます。

それにね、その後に他の人気のお寺などを訪ねたのですが、神社で別れた後、どこでもお会いしなかったのです。

お話しした方が参道を帰られる時に、離れた場所からお互いに手を振り合いましたが、それがお会いした最後でした。


今回の貴重な出会いを通して、私が思っていた以上に、英語で説明できることと、日本の神様のことについて考えも知識もあって話せることに気づきました。

この気がついたことは、まずは英語版のブログを充実させることで、活かしていこうかなと思っています。
そもそも以前書いたものは英語力が足りなくて、わかりにくい表現のところもあるので、直していくことから始めています。

過去に日本語で書いたものを直訳するのではなく、「今の私が同じことを英語で書くならこう書く」というスタンスで、直すことにしました。


早速ひとつ、修正版を作ってみまして、よろしければ、ご覧ください(*^^*)
(ブラウザの翻訳機能で、日本語に翻訳して読むのも面白かったです。翻訳の精度が高いのは、私が確認した時点では、Google chromeでした)

The story of the light which came to pick up my mother

※ちなみに↑こちらのブログを日本語で書いたものは、母を迎えに来た光の話 です。


お会いした方は人間だったのかしら?神様だったのかしら?
永遠に謎のままですが、偶然の不思議な出会いのお話でした(^^)



あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。

光子でした。

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