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私の話

私の話 ② 11歳から16歳

こんにちは!占い師の光子です。


私の話①幼少期 の続きです。


真っ黒に日焼けした、
「おばけって本当にいるの?」
くらい不思議な世界とは無縁の食いしん坊ちゃんに、試練が訪れます。


小学5年生の年は、本当につらい年でした。
担任の先生と合わず、仲良しグループでうまくいかず、父の不倫疑惑で毎晩のように両親がケンカをしていました。

そして原因不明のめまいに襲われますが、病院で検査をしても、何の異常も見つかりません。
今思えば、このめまいが脳脊髄液減少症の、最初の症状でした。

しかし当時は脳脊髄液減少症という病気はまだ発見されておらず、OD(起立性調節障害)もなかったので、気持ちの問題では?というところに着地して、とても肩身の狭い思いをしました。


そしてめまいの検査にも付き合ってくれた、
「千里眼」と呼ばれていた祖母との別れです。
本当に突然に、寝ていた間に亡くなりました。

その1週間前に、
「おばあちゃんに会いに行こう」
と私から父に提案したのですが、またいつでも会えるからと、行かずじまいでした。

子どもの勘ってすごいですね。実は祖父の時にも、同じことがあって、行っておけばよかったと、私も父もとても後悔しました。



翌年、小学校6年生の年になると、急にすべてがうまく回りだします。
新しい担任の先生とはとてもうまくいき、めまいも落ち着いて、友人とも仲良く過ごしました。

さらにはある日の夕飯時に、母から突然
「…妊娠したかも」
と告げられました。
びっくりしすぎて、思わず持っていたフォークを落としましたよ!

そして翌年、中学1年生にして、お姉ちゃんになりました。
「もう一人っ子なんだろうな」
と弟や妹は諦めていたので、とても嬉しかったです。


時々はめまいに悩みながらも、安定した中学校生活を過ごし、そして高校生になりました。



高校1年生のある日、わからないはずのことが、なぜか突然わかりました。

朝の電車でよく会う先輩が、自分が乗ろうとしている電車に乗っているのかどうかが、その電車がホームに差し掛かった瞬間に、頭に入ってくるのです。
頭に電気がつくように「あ、乗ってる」とわかりました。

ぼーっと電車を待っていても、毎朝同じようにわかり、一体これはなんだろう、と思っているうちに不思議な体験が増えていきます。

この時から、見えない世界との付き合い方に、試行錯誤する日々が始まりました。
ここに書くのがはばかられるような、怖い体験もありました。



この突然開眼した出来事の少し前に、父の部下の人が突然、彼が体験してきた目に見えない世界の話を父にしたそうです。
仮名ですが、部下の人を吉田さんとしますね。

吉田さんは普段、誰にも不思議な体験のことを話さないそうなのですが、父にはなぜか「話さなければいけない」と思ったそうです。
そして父を食事に誘い、霊体の話や異世界の話など、彼が体験してきた不思議なことを話してくれたそうです。


突然始まった不思議な世界とのかかわりに、完全に参っていた私は、吉田さんと会いました。
たくさんの助言をしてくれて、直面していた困難を逃れることができました。

今でも1~2年に1回、電話で話します。
父との関りはもうすっかりなくなっているようですが、私はいまだに交流させてもらっています。

私が今こうしていられるのは、吉田さんや、その後に出会うマリさんなど、霊感を商売にしていない、善意の先駆者の方のおかげです。



今、書いていて気がついたのですが、きっと私を導いてくれる吉田さんとの出会いもあって、開眼したのでしょう。


というのも、突然不思議な体験が始まった時、今まで守られていたものが切れたようでした。
イメージで言うと、見えない世界から私を守っていたカーテンが、すぱっと切られたようでした。
突然見つかるようになった、という感じです。

おそらく最初から、目に見えない世界のことを受け取る力は多めに持っていたものの、守られてたから使っていなかった。
それが、16歳になって、ちょっとやそっとで消えてしまう子どもではなくなって、吉田さんという導いてくれる人も現れて、タイミングが来たので守りが切れた。

そういうことだったのではないかと、気がつきました。
(ここで守っていたのは、神様じゃなくてご先祖様だとなぜか思います)



ところで試練の小学5年生の年は、四柱推命的にとても象徴的な年でした。

四柱推命で自分の来た道を検証すると、特定の五行が強まった年や、特定の干支の年に、同じようなことが起きていることを見つけられます。
本当に、不思議なんですけどね!



あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。


光子でした。

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