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私の話

お別れの勉強 お別れのやり直し

こんにちは。占い師の光子です。


立春から1週間経ちましたが、立春の少し前に悲しいお別れがあって、なかなか立ち直れずにいました。

今回のブログは暗いです。
ごめんなさい。


立春の2日前、妹が飼っていたハムスターが亡くなりました。
そのハムちゃんは、昨年の夏から年末まで、諸事情で我が家で預かっていて、4カ月強を我が家で過ごしました。


私は生き物を飼うのは苦手です。
ひとつには、動物がそもそも苦手。もう一つはお別れが悲しいからです。

10数年前にもハムスターを飼っていたのですが、亡くなった時には、母をはじめ人間の誰の時よりも泣きました。

そういうわけで、妹がまたハムスターを飼うと言い出した時は、
「数年後にまたお別れするってわかってるのに…」
と複雑な気持ちになりました。

最後に悲しくならないように、できるだけ情をうつさないように、クールに関わっていたものの、やっぱり可愛いものは可愛い。
クールに振舞いつつも、スマホにはハムちゃんの写真や動画が増えていくツンデレ状態でした。


そんなハムちゃんが我が家へ。
娘は大喜びでした。お世話をしてくれるのはもちろんのこと、
「ハムちゃんと寝たい!」
と言い出して、夏の間は毎晩、ハムちゃんのいる涼しい部屋に、自分だけ布団を敷いて寝ていました。

生まれた時からとても寝つきの悪い娘は、ほの暗い中
「ハムちゃんかわいいなぁ」
と、ぼーっと眺めながら寝入るのが、幸せだったようです。


寒くなってからは、ハムが寒くないように、私たちの寝ている部屋にケージごとお引越し。
それからは、本当に一緒に過ごす日々でした。

それでも私は、ハムにさわれず(^^;)
なでるのが精一杯で、手に乗せるのは最後までできませんでした。

私の役目は、ハム用の野菜を切って用意しておくことと、トイレ砂を替えるなど、下のお世話。(あと月1の大掃除)
ハムちゃんにとって、私は
「うるさい音で掃除機かけてるおばさん」
だったと思います。


そして、そんなハムちゃん、年末に病気が見つかりました。
癌でした。
動物病院の先生は、
「1才過ぎたハムちゃんは、子宮の癌が本当に多くて…」
と言っていました。

実家にハムが戻れる状態になっても、
「絶対に返したくない!!!」
と言っていた娘も、しぶしぶ了承し、ハムちゃんは妹の元へ返ることになりました。


それから、約1カ月。
病気が見つかった時は、元気だったのに…。
いっぱい野菜を食べて、健康すぎる立派なウン〇をして、回し車も元気にやっていたのに…。



少し話が変わりますが、妹にとって、初めてのお別れは母でした。
小学校5年生の時に、母を癌で亡くしたのが、最初のお別れでした。

そんな妹は、母の死後、全く泣くこともなく、母の話をしても
「ママのことはほとんど覚えてないの」
と言い出す始末。

本当に、ほとんど何も覚えていないようでした。
彼女の中では、いなかった人のように…


そんな彼女は約2年前、突然、感情が発露しました。
いなくなってしまうことへの悲しみが、とつぜん押し寄せて、真昼間の公園で号泣したそうです。

それからは、突然、母のことを思い出せるようになったそうで、母の話を彼女の方からするようになりました。

でも同時に、心のバランスを大きく崩してしまいました。


大学を休学したり、病院に行ったり、カウンセリングを受けたり。
少しずつよくなっていっていた彼女ですが、これ、という決め手にはなかなか出会えませんでした。

心に吹き荒れる嵐に翻弄されつつ、彼女はこの冬、卒業制作に取り組んでいました。
そこで彼女が作ったのは、私小説のような、彼女のため込んできた心の話のような…。

元々表現活動は、何をやらせてもとても上手だった彼女は、とてもおもしろい作品を作り上げました。
教授にも、友だちにも、主治医にも、とても好意的に受け止められたようで、私も
「全く知らない他人の話」
として読んでも、とても面白く読みました。

その傍ら、彼女は、母と同じ病気を患う老ハムを、お世話していたのです。
ハムちゃんは、妹の苦しい2年間に寄り添う、パートナーだったのかもしれません。


ハムちゃんが本当にもうダメそうだ、となってからは、娘は毎日会いに行っていました。
命には終わりがあることを、頭では知っている娘。
でも、死がどういうことなのかは、本当のところ知らない彼女は、号泣していました。

そんな彼女を見て、私たち大人は、
「初めて体験するお別れがハムちゃんなのは、むしろ良かったかもしれない」
と話していました。

初めてのお別れが母で、お別れをこじらせてしまった妹を思うと、悲しいけれど、なんとか受け入れることができるお別れを迎えることは、生きていく上でとても大切な勉強のように思えたのです。


不思議と毎日娘が会いに行くようになってから、ハムちゃんの調子は、日に日に上向いて行きました。
娘のちぎったいちごが美味しかったのか、自主的に食べたり。
呼吸も穏やかになって、毛並みも少し整ったり。

このまま、少しずつよくなるのかな?と思っていた最中、突然、お別れの時が訪れました。


お別れの直前、娘が手に乗せてなでていると、とても嬉しそうにしていました。
普段は、真顔でなでられていて、ぜんぜん嬉しそうでもないのに。
妹にも私にも
「ハムちゃんすごく嬉しそうにしてる」
と見えました。

そして
「ハムちゃん疲れちゃうから、もう戻してあげて」
とケージに戻すと、ものすごくゆっくりとした呼吸に…。
そして、全く動かなくなりました。


母を見送った時、魂という光が体を抜け出た後も、母はゆっくりと息をしていました。
体のリズムが終わるよりも先に、魂は旅立つのです。

他の人には、まだ生きているように見えたかもしれない。
けれど、ハムちゃんはほとんど娘の手の中で旅立ったように見えました。

偶然、父も妹も、全員がいる時に。
生まれてくるタイミングを、赤ちゃんは選ぶと言いますが、旅立つ時も、同じなのかもしれませんね。


私は、
「もっとこうしていたら、病気にならなかったのでは」
「これがいけなかったのでは」
とどうしても考えてしまって、とても落ち込んでいたのですが、でも、ハムちゃんは、妹にも、娘にも、とても大切な学びをさせてくれたように思います。

妹には、母の死を、ハムちゃんによって追体験し、改めて向き合うことを。

そして娘には、お別れとはこのようなものなのだ、と教えてくれたハムちゃん。

「どうしたら死ななかったのか」
ばかりを、私は考えてしまっていましたが、もしかしたら、ハムちゃんは妹にとっても、娘にとっても、とても大切なものを残していってくれる、お役目を担っていたのかもしれません。


最後に、土に還るべく、みんなで見送った後、私の背中のすぐ後ろでも、隣を歩く娘の背中のすぐ後ろにも、ほんわりと
「ありがとう」
と柔らかく、あたたかい思いが漂っていました。

ありがとうと言ってもらえるだけのことを、私はできたかな、とは思うけれど、ハムちゃんが、そんな気持ちでいてくれたのなら、私の勘違いでないのなら、嬉しいなと思うのでした。



あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。

光子でした。

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