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私の思う、世界の仕組み

神様の時間感覚と言葉のはなし

こんにちは!占い師の光子です。


先日、気になるイベントがあったので、子どもの用事をすませた後に、行ってみました。

前の用事が押してしまったので、
「まだやってるかな?」
とやってたらラッキーくらいの気持ちで向かったのですが、着いたらちょうど終わったところ。

うーん、残念。
けれど、せっかくここまで来たのだから、と近くにある神社にお参りに行きました。


ここの神社、たまにブログに登場する、ちょっと遠くの神社なのですが、過去にこの神社でふと、お願いしたくなって言葉に出したことが、最近突然叶ったのです。

そんなわけで、お礼も兼ねて、ご挨拶に行きました。


言葉に出してから、まだ2年は経っていませんが、1年以上は経っています。

『叶う、すぐに叶うよ』
と神様はお参りのたびに励ましてくれていたものの、時は経ち…

「すぐっていつですか?明日?来週?一体いつ?」
と、だんだんそのことについて触れるのが嫌になり
「お参りはするけど、もうそのことには触れない」
というスタイルで、過ごすことにしていました。

そんな中、本当に突然叶ったのです。


叶ってしまえば、
「確かに、神様にとっての1年強はすぐだわ!悠久の時を過ごしてらっしゃるんだから、瞬きの間くらいなのでしょう」
と納得なのですが、人間にとっての1年以上は、感覚的にすぐとは言い難いですね(^^;)

たぶん、宇宙の誕生から現代までを1年に例えると、
・太陽系の形成が9月2日
・地球上の生命の誕生は9月17日
・恐竜絶滅は12月30日
・ホモサピエンス出現は12月31日23時48分
・言語の発生は12月31日23時58分
みたいな話で、神様にとっての1年って、本当にわずかの間なのでしょうが、改めて、
「神様って、人間とは全然違う時間感覚でお過ごしなのね」
としみじみと思いました。


そしてここの神社、よくゴミが落ちている神社です。

ここのところはお参りに行っても、あまりゴミがなく、個人的に嬉しくなっていたのですが、なぜかこの日は、いっぱいいーっぱい落ちていて。

「神様にありがとうと伝えているのだから、それを行動で示したいよね」
と、ちょうど袋も持っていたので、ゴミを拾うことにしました。


「言うは易く、行うは難し」
という言葉のように、口ではなんとでも言えると思いませんか?

神様にありがとうと伝えつつ、落ちているゴミを見て見ぬふりをするのは、言っているだけで気持ちが伴っていない、と思うのです。


この、言葉と行動のずれが、私は結構気になる人で、特に10代~20代前半の頃は、すごく気になりました。

自分が伝える時でも、相手に感じている感謝やありがたさを、どうしたらきちんと伝えられるかしらと、とても考えます。
しかも、相手にとって不快でない伝え方をするには、どうしたらいいかしら、と。

自分が受け手の時にも、
「この人、言っているほど、私のことを大切におもってないよね」
と感じてしまうことはよくあって、特に言葉と行動の齟齬が大きい人は、信用できないと、判断することが多いです。


今現在、鑑定やブログで、言葉で伝えることでお仕事させていただいている私が言うのもなんですが、言葉を使うのは、本当はとっても難しいし、尖っていた頃は
「言葉は信用できない。言葉では何とでも言える」
とさえ、思っていました。


先ほどの、宇宙を1年に例えるとで言うと、言語が生まれてから、まだたった2分しか経っていないので、万能感を醸し出しているとっても便利な言語ですが、使いこなすのは、結構難しいのかもしれません。

まず第一に、自分が考えていること、感じていること、受け取っている感覚をそのままに言葉にするのって、至難の業ですね。

「これです、この感覚です」
と、感じているものの感じを、そのまま相手にも感じてもらえればいいのですが、そんなことはできないですからね。

だからこそ、映画でも音楽でも、平面や立体の作品でも、アートが存在するとも言えるかも?(深入りすると出られなくなるテーマなのでここで、やめましょう)


かと思えば、本当は存在しないものを、あたかも存在するかのように、美しく虚飾して、伝えることもできてしまうのが、言葉です。


言葉では伝えきれないし、いくらでも誤魔化しが効く。
だからこそ、できるだけ、嘘や誤解のない、誠実な伝え方をしたいと、常々思います。

そして言葉の不確かさを補完してくれるものが、人となりや、行動でしょう。

口下手でも、人に対する対応が優しかったり、
「ああ、この人は私を大切に想ってくれているんだな」
と感じる行動をしてくる人にこそ、私は価値を置きます。

それは、高価なプレゼントをくれるとか、そういうことではなくて、ちょっとした行動や、目線、ふとした瞬間のためらいなどに、その人の本心が現れるように思います。


ゴミを拾いながら、そんなことを思い出し、改めて考えていました。

そして人に対しても、神様に対しても、私は言葉でのこと以上を、行動で示せているかしらと、改めて自分を振り返りました。


ゴミは袋から溢れるくらいたくさんあって、最後は神様から
『もうそのくらいで、あとはいいよ』
と声をかけてもらって、ゴミ拾い終了。

神様のためと思ってきれいにしていましたが、大切なことを思い出して、自分を振り返って、結局きれいにしてもらったのは、私自身だったかもしれません。



あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。

光子でした。

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