あけましておめでとうございます。
神様とご縁を繋ぐ 光子です。
今年も、新年最初のお祈りの時に、神様から今年について賜りました。
どんな年になるか、そしてどう向き合っていったらいいか。
よろしければご一読ください(^^)
まず、今の私たちの状態は、安心できない、危険な、不安定な状態にあります。
でも、内には愛や熱意がある。
それが、今の私たちです。
今の私たちが求めていることは、逃げること。
内には愛があるにも関わらず、向き合わずに逃げていたい、という想いがあります。
今の現状の前、その時には何があったかというと、ブレて、道に迷っていた、ということがあったようです。
何を目指し、どこを大切にして進むべきなのか、全くわからない迷子に。
自分の軸を失って(もしくは本質の軸)、道に迷っていたようです。
そして私たちがこれから向かっていく先は、自分たちで夜明けをつかむこと。
自然にもたらされるのではなく、自分たちで夜明けをつかまえる。
(他力本願じゃない)
対して、今私たちの圧力となっていることは、導きが得られる、と、思っていること。
もうひとつ、これらのことに対する現状へのアドバイスがあるのですが、そちらに入る前に、ここまでのことを、少しまとめますね!
まず、今の状態になる前に、私たちがあった姿は、本質や自分自身の軸がずれたまま、どこを目指して進んできたものか、わからなくなっていたということがあったようです。
特にこのカード、何もない状態でただ道に迷っているというより、ある程度の成果というか、発展性というか、積み上がってきたものがある状態で、何を目指してきたのかを見失ってしまっていることを示唆します。
言い換えれば、豊かさや成果、積み上げはあるものの、どこに進みたかったのか、迷子になってしまっている状態です。
そして、現状はと言うと、安心できない状態であるものの、内には熱意や愛を秘めている。
それにも関わらず、自らの内にある愛や熱意に従って行動することではなく、安心できない現状に甘んじて、向き合うことから逃げたいと願っているようです。
そして現状に対する圧力、言い換えればマイナスの要素は、
「導きを得られる」
と、どこかからお示しや救いの手があって、それに従っていけばいいのだと、自ら現実を変えていくことを望んでいないことにあります。
とはいえ、私たちがこれから向かっていく先は、自分たちで夜明けをつかむことなのです。
言い知れない不安や、安定性を欠いた状態から、安定して安心で、夜が明けた温かい朝を、自らがつかんでいくことになります。
それは「何もせずとももたらされるもの」と、高をくくって得られるものではなく、自ら手に入れにいくもの。
それに対して、私たちの求めている「逃げていたい」や、自ずと解決するという考えは、私たちを夜明けから遠ざけるものです。
そして、ここでアドバイスです。
アドバイスはずばり、
「恍惚としちゃってますよ」
です。
見ていただくのがわかりやすいので、画像を載せますね。

しんどい体勢なのに…。
目の前の景色が美しいので、それに魅入ってしまっていますね。
しんどい状態(現状の安心できない、危険であることです)であることを甘んじて受け入れてしまって、自ら動くことをしていません。
むしろ、
「だってぇ、仕方ないよねぇ」
と自らの今のしんどさの耽美性や悲劇性にひたって、受け入れてしまっているのです。
不幸とか、不遇に酔っている、みたいな感じとも言えますね。
そして私たちひとりひとりの中に、この状態が、しんどいのを甘んじて受け入れている状態があるということです。
言われてみれば、本当にそうで…
私も忙しいのに甘んじて、自分がブレたり、鑑定をそろそろしたいなと思っているのに、
「でもー、忙しいしムリだしぃ」
と思い当たる節ありまくりです。
昨年末に書いたような、世界情勢のこともそうなのですが、私たちひとりひとりの中にも、この耽美に浸って、自らの力で変えにいかない感じ、それがあるように感じました。
ここからは余談です。(本題はこれにて終了です)
昨年の最後のブログで書いたことにも見えるかと思いますが、実は、今年のことを神様から賜るのを、怖いと感じていました。
ところが、本年最初のお祈りの直後に、天照大御神様が
『忘れないで』
とおっしゃったのです。
スルーしようとしてるのが、バレバレだったわけですね。
「忘れないでというのは…」
とお伺いしたところ、明快に
『カードを引いて』
とのことで、神棚の真下で引かせていただきました。
(普段はしません。新年の時だけ神棚の下で引かせていただきます)
鑑定をしていない期間が長かったのもあり、
「引くって言っても、何をどう引いたら…」
と考えあぐねていたのですが、カードを手に取って混ぜ始めたら、あとは自ずと手が動くようでした。
どれを引くかも明確に光るし、必要なものを引き終わったら、すっとモードが切り替わったように何も光らなくなるしで、私が引いているというよりも、私が道具として活用されているような感覚でした。
それでも、全てを並べ終えて、いざ1枚ずつめくって見てみましょう、という段になったら怖くって。
一体何をお示しになるのかしら、それは書けるような内容なのかしら。
そもそも私たちはすでに手遅れであると、お示しになったりはしないかしらと、一体何が出てくるのかと、とても怖く感じました。
(短時間での鑑定の時は、時間を有効に使うために、並べる時に全て表を向けて並べますが、本来は全て伏せた状態から、1枚ずつめくって読み解くスタイルで読んでいます)
現状の状態を示すカードをめくって一安心。
命の保証のない、波立つ海の上を行く人の姿ですが、同時に愛や熱意も持っている。
まだ捨てたもんじゃない状態と、ここから変化していくことが出来る状態なのだと、まずは安心しました。
そしてアドバイスを引く前の状態まで来たところで…
「これは、何を言いたいのですか?」
と思わず問いました。(敬語忘れちゃったマン)
対して神様からは
『最後まで見ればわかる』
とのことなので、めくってみますと…
なるほどね、と。
全部が繋がりました。
本当に、個人的にも思い当たる節がありまくりでした。
個人的なことでも上に書いたように思い当たりますが、戦争にしたって、物価高にしたって、先の見えない状態であるにも関わらず、
「誰かがなんとかしてくれる」
という思考なのは否めません。
ところでカードを混ぜている時に、1枚だけひっくり返って、表を向いたカードがありました。
それは、「今日という奇跡」のカードです。

これを見た時に、なんかもうこれ1枚ですべてを総括している予感というか、見た瞬間に、
「自ら夜明けをつかみにいく」
と感じたんですね。
これまでこのカードをそういうカードだと思っていたことはなかったのですが、瞬時にそう感じました。
そしてこのカード、今回これから私たちが向かっていく先として、やはり、スプレッドの中に登場しました。
今回見せていただいた未来は、希望的な未来なのです。
現状の、内に秘めた愛を表に出すことなく、なんとなく日々を流していくことから変えて、私たちが動いて行った先に得られるであろう未来の姿です。
そしてここが、今年お示しいただいたことの肝じゃないかと思うのです。
というか、他のはほぼ、「逃げたい―」「甘んじたいー」「他力本願ー!」「だってぇ(言い訳)」と、ゆるっゆるなカードばかりです。
アドバイスにしても、
『現状これよ!気づきなさいな!!』
と示唆されているも同然。(このようにおっしゃってはいません)
そのような観点からも、今年は特に、
「自ら夜明けをつかみにいく」
ということを念頭に歩むのが、必要なのだと思われます。
というわけで、今年最初のお祈りのすぐ後に、神様から賜った、今年のことでした!
最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。
光子でした。